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「良い」展示を見た。 まずのそれは、5分ほどですと言うありがたい情報をいただき観始めることができるようになっている。 廃墟となったかつて隆盛を誇った商業施設、の静止画。 各地にある膨大な数の。 荒廃したままの。 再利用されている様子の。 それらが順に映し出されているのを見ている間、気づくと音がしている。なんとなくチープな、郷愁を誘う的な音楽が流れ、人の声など、雑音も微かに聞こえる。 一体何人収容できたのかと思うほどの巨大な、小さな映画館。その装飾は、ヨーロッパの中世の装飾を模したようなものも多く、これくらいお金をかけても当然のように利益が出たビジネスだったのだろうし、人々にとっては文化だったのだとわかる。 ぼんやりとそれらが提示されるのを見ながら、音を聞きながら、 どうもアメリカらしいな、広いアメリカを、周って撮影するのはどれくらいかかったのだろう、どうやってここを探したのかしら、今は映画は大概、家で観るからね、などと言う「意識」がちらちらと生じる。アメリカに限らずね。と自然と思う。 それから、かつて寮であったという、いまは蔦の絡まる建物に入ると、その廃屋の各部屋に展示されているのは、廃屋となった建物の写真。どうやらそれとわかる有名な。例えば、パリのムーラン・ルージュとか。ルーブル美術館とか。どうやら、廃墟らしい写真をAIで作ったようだった。会社の寮というのは、大概は入社して数年とか、新人みたいな人が暮らすところだろう。若くて生き生きとして、希望や野望、目標の塊みたいな。この場所はすでに廃屋である。 ここは京都なのだ。最後には清水寺が廃墟になっていた。 さらに、数々の民家(西洋っぽい)を前から撮った写真が集められていて、動いてみるとそれはレンチキュラーとなっていて、子供が遊ぶ玄関先と、蔦が絡まり廃屋となった玄関先の二つのイメージが観られる。学生たちはこの部屋が一番盛り上がっていた、とは大学教授S氏が話してくれた。 蔦が登ってきている屋上から、望遠レンズを覗くと京都タワーが廃墟、周辺の街も荒廃している。 たまたま居合わせた女性が「すごい、いい!」と英語か何かでつい声を上げていた。私も興奮した。 最近は大きな美術館の展示を見ることが多く、それらは素晴らしいと思うものが多いけど、そうでない場所で、こういった優れた展示を見る機会がなかったなとも思った。ギャラリーでは、たとえ...